[ wonderful world (sample) ]



sample1.再会


 のどかな日だった。

 長雨明けの眩しい太陽に促された目覚めは特別に清々しく、里からもらって来たばかり
の茶は甘く喉を潤し、弟子の作った朝飯は一汁三菜どれも過不足なく美味かった。
 あまりに良い天気なので、カイと二人で家中の布団をかき集め、陽の良く当たる丘の斜
面に干してからいつもの修行場へと向かう。高い青空の真ん中には、何かを彷彿とさせる
形の――カイは拗ねた仙人のようだと言ったが、俺は断じて同意しかねる――いささか間
の抜けた雲が我が物顔でたゆたっていた。
 水の飛沫舞い散る滝壺の淵に腰かけ、気合と共に棒を振りかぶるカイに檄を飛ばしつつ、
適度に爽やかな風がどこかから運んできた花の香に目を閉じる。平和な日だ。

 つい先頃少年期を脱したばかりの弟子は、体格は十分に大人びた半面、妙に素直で真面目
なところはそのまま、今も自分を師と慕ってくれている。
 十数年前には、もう永劫叶うことは無いだろうと諦めていたなんでもない日常。
 それが今、ここにある奇跡を思うと、長さだけは人一倍生きた自分の、持つものあらん限
りを若い愛弟子に与えたいと、修行にもいっそう気合が入ろうというものだ。
「うっし、じゃあ今日は、また新しい技でも試してみっかァ?」
 思い立って口にした言葉に、はい!と嬉しそうに瞳を輝かせたカイをしっかりと鍛える
べく、俺は側に立てかけていた棒を構え、気合と共に硬い岩肌へ振りおろした。



 その気配にいつから気付いていたのかと問われれば、知るともなくわかっていたような…
…遅くとも、硬い岩山を踏む足音に顔を上げたカイが驚きに声を上げるより随分前には、
懐かしいその顔が頭に浮かんでいたことだけは確かだ。
 砂利を踏みしめる音が十分に近づいたところでゆっくりと振り返れば、肩越しに投げた
目線が、想像とは似て異なる、けれど懐かしい友の姿を捉える。
 かち合った視線の先で瞬いた瞳が笑みの形に緩む、その僅かな表情の変化に気付いて。

「よお…元気そーじゃねーか…」

 言葉と共に穏やかな笑みがこぼれた。・・・・・・

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sample2.番外編 何でもない日々



 人にはそれぞれ、「禁句」と言われる、けして触れられたくない、口にしては
ならない話題というものがある。
 しかし、世の中にはそういった、「言っちゃいけない暗黙の了解」に、つるり
と口を出してしまうウッカリ者がいるもので、つまりはそれが、常から一言多い
と言われてしまう所以なのだが、そんな厄介な性質は当事者ほど危機感は薄く、
しいては過ちを繰り返すものであるようだ。

「オメー、いったい炎様にナニ言ったんだ?」
「し、師匠……お顔が大変なことに……」

 ちょっとした失言から、うっかり赤毛の王様の報復にあってしまった俺を見た
友人と弟子の反応は、概ね予想通りのものだった。
 片や本当に心配そうに、もう一方はあからさまに呆れた様子を見せつけるよう
に俺を見下ろし、この変わり果てた姿をひとしきり確かめると、声を奪われた
俺からの反論は待たずに二人顔を見合わせた。

「どうしましょう現郎殿……なんとかなりませんか?」
「んー……炎様の呪いじゃ、俺にはどうしようもねーからな。
 せめて顔くらいは何とかしてやりてーけど……」
「えぇ、でもどうして、お顔だけこんなことに……」
「……しかたがねーなァー」
 貸し一つ、つけとくから、という現郎の言葉に、無言で頷くかわりにヒゲを
ひくつかせる。
 それを見てますます渋い顔になった現郎は、酷く居心地悪そうに口を開く。

「あんまり、炎様のセンスに口を挟む気はねーんだが」
「……はい、」
「やっぱ、ヒゲはあの顔でなきゃ駄目だと思うんだ」
「私も、そう思います……」

 とてつもなく真剣な面持ちで語りあう二人を前に、懐かしいヒゲの体に顔だけ
ジバク君、という何ともアンバランスな姿に身を窶した俺は、何も言えずに拗ね
て思い切り足を伸ばした。・・・・・・

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